萩野公介の真実~「金メダルに一番近い小学生」が真の金メダリストに~

リオ五輪が開幕して続々と熱い競技が始まりましたね!!
テレビから目を離せない日々が続きそうです!(*^▽^*)

今回特集させていただくのは、競泳の萩野公介選手!
リオ五輪には200m個人メドー、400m個人メドレー、200m自由形、800mリレーに出場します!

既に400m個人メドレーでは見事金メダルを取っています!!!
おめでとうございます!!!(^◇^)

今後何個メダルを取るのか注目です!!

萩野選手の主な実績を挙げると、

前回2012年ロンドン五輪ではあの「怪物」マイケル・フェルプスを破って
高校生ながら見事銅メダルを獲得しています!

その後、さらなる進化を遂げ

・2013年 日本選手権史上初の5冠達成
      同年世界選手権では400m自由形、200m個人メドレーで
     それぞれ銀メダルを獲得

・2014年 仁川アジア大会では金4、銀1、銅3の大車輪の活躍をし、
      日本人では3人目の大会MVPに輝く

・2016年 日本選手権3冠。200m個人メドレーでは自身の日本記録を更新、世界ランク1位
      リオ五輪400m個人メドレー金メダル!! 

等々輝かしい実績を残しています。

今大会屈指の注目選手の一人といっても過言ではないでしょう(^^♪

そんな萩野選手の強さの秘密はなんでしょう?

 

”金メダルに一番近い小学生”

萩野選手は両親の結婚8年目にしてやっとできた子で、幼い頃は言葉の発達が遅く、
3歳まではほとんど喋らなかったといいます。

「家庭に問題があるのでは?」と保健所の人が調査に来たこともあるのだとか。
ちなみに今は地元でラジオのパーソナリティーを務めているほどのおしゃべり好き(笑)

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習い事は水泳の他にもピアノと英会話を習わせていたそうで、
その中でも萩野選手が夢中になったのが水泳だったとのこと。

小学生時代にはもう既に抜群の才能を見せており、全国大会でも敵なし状態でした。

小学2年生の時にジュニアオリンピックに出場して優勝、
幼稚園と小学生のカテゴリーで萩野選手の出した日本記録がいまだに破られておらず
小学生時代から「金メダルに最も近い小学生」「怪童」とその名を轟かせていました。

萩野選手の食事は、高校時代まではお母さんが専門家の指導を受けながら作っていたそうです。
そしてその量はなんと1日4000kcal。しかも1日6食!

ちなみに一般的な成人の1日の摂取カロリー目安は2000kcalと言われていますので、
カロリーだけでも一般人の倍です。
今の萩野選手の活躍はお母さんの存在があったんですね!

同世代以下では、無敵の萩野選手でしたが、中学校二年生の時、
今も最高のライバルである瀬戸大也選手に初めて敗北をします。

裏話をすると、当時高速水着全盛の時代で、瀬戸選手も高速水着を着用していましたが、
萩野選手は「こんなものに頼らなくても、僕はまだ速くなれる」
と、着用を拒否していました。

当時から圧倒的なメンタルを持っていたことを窺い知ることができるエピソードです。

強さを支える「限界突破能力」

萩野選手がフィジカル的に突出しているデータをたたき出しているのが「乳酸値」。

乳酸とは、激しい運動をすることにより、筋肉の中に生成される物質で、
一般的には、疲れたときに溜まる「疲労物質」としての悪いイメージがあるかもしれませんが、
近年の研究で乳酸は出れば出るほどいいものという解釈になりつつあります。

乳酸の新しい解釈は、「持てる力をどれだけ出し切れたか」ということ。 
限界を超えたパフォーマンスは脳が無意識にストップをかけて
パフォーマンスの発揮をセーブします。

激しい運動後の乳酸濃度(ミリモル)が、過去のオリンピック代表が約15ミリモルなのに対し、
萩野選手は21ミリモル!!!

誰よりも「限界突破能力」が高いことが萩野選手の強さの一因となっています。

幼少期から厳しい耐乳酸トレーニングから逃げずに真正面から立ち向かってきたことに対する
神様からのプレゼントなのかもしれませんね。

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”和製フェルプスの本家越え、そして挫折”

厳しいトレーニングを乗り越え、次々とジュニア記録を更新していき怪物ぶりから
当時史上最強のスイマーといわれたマイケル・フェルプスになぞらえて
「和製フェルプス」
という異名を冠するようになりました。

萩野公介選手が一躍有名になったのは、前回のロンドン五輪。
北島康介選手に続き、史上二人目の高校生にしてオリンピック代表選出でした。

当時17歳ながら、400m個人メドレーで決勝進出を果たし、
本家マイケル・フェルプスとの対決に挑みました。

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そしてなんと本家をを破って見事銅メダルを獲得しました。

しかも個人メドレーで日本人がメダルを獲得したのは萩野選手が史上初でした。
そして現役高校生が銅メダルを獲得したのも56年ぶりの快挙でした。

その後も前述したように順風満帆な結果を出し続けましたが、
昨年6月末に、思いもよらぬアクシデントに見舞われました。

合宿地フランス・カネで自転車を運転中に転倒。右肘橈骨頭(とうこつとう)骨折で
世界選手権(ロシア)を棒に振りました。

初めて味わう大きな挫折。

しかし、リハビリ中に気づいたことがありました。



それは「人間力」。

リハビリ中の周囲のサポートから人間は決して一人では生きていけないこと。

結果を出すことが恩人たちへの最大の恩返しとなること。

選択肢が限られたことで自分がやることは一つしかないと再認識できたこと。

部活のサポート側に回ることによって選手の立場では見えないものが見えたこと。

後悔はしていない。

後戻りしたとも思っていない。

負傷は萩野公介の「人間力」を高める肥やしとなりました。
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~復活、真の王者へ~

厳しいリハビリを乗り越え、
オリンピックイヤーの今年は4月の日本選手権で三冠を成し遂げ、
見事に五輪代表の座を射止めました。

そして迎えたリオオリンピックではまず400m個人メドレーに挑みました。

最大のライバルと目されたのは、
小学校時代からしのぎを削り、昨年の世界選手権で金メダルを取り、
代表に内定していた瀬戸大也選手、

加えて、予選では全体トップのタイムをたたき出した
米国のチェース・ケイリシュ選手でした。

運命の8月7日、400m個人メドレー決勝。

レース前から萩野選手には王者の風格が漂い、
何かを成し遂げてくれる予感がありました。

号砲が鳴り響き、最初のバタフライで仕掛けたのは瀬戸選手。
続いて萩野選手。

豪快な水しぶきの先頭に日本人二人がいる画は
日本中の血肉を湧きあがらせ、心を躍らせたことでしょう。

次の背泳ぎは単独種目で世界トップレベルの萩野選手が逆転、
リードを広げます。

3つ目の平泳ぎでは、リードしていた萩野選手を
瀬戸選手、ケイリシュ選手が追い上げます。

そして、最終自由形。

わずかにリードしていた萩野選手をケイリシュ選手が怒涛の勢いで
追い上げます。

自由形に対して圧倒的な自信を持っている萩野選手を追い上げる
ケイリシュ選手は間違いなく本当に強いアスリートでした。

展開的にもケイリシュ選手が金メダルを取ってドラマになる
流れだったと思います。

そんな流れであったのにも関わらず、
ケイリシュ選手はトップに立つことがどうしてもできません。

ラスト25mは日本中が画面越しにリオデジャネイロに
熱い声援を送ったことでしょう。

ラスト5m。まだ勝負がわからない!!!

そして、運命の瞬間が訪れ、「金メダルに一番近い小学生」は
本物の金メダリストになりました。

ライバルの瀬戸選手も見事に銅メダルを獲得しました。

この種目では、史上初の金メダル、日本人が二人で表彰台に上ったのは
メルボルン大会五輪以来の快挙でした。

先ほども言いましたがケイリシュ選手は金メダルを取れるアスリートでした。
そんなケイリシュ選手勝ち切った萩野選手はただの金メダリストではない
ということでしょう。

そこには萩野選手の持つ天性のフィジカル、努力する才能、育った環境、ツキに加え、
大きな挫折から得た人間力がありました。

優勝に浮かれることなく、萩野選手の目線はすでに次の種目へ向かっていました。

その姿は、北島康介、内村航平、イチロー、野村忠宏といった超一流の
アスリートたちと被り、今後10年以上にわたって私たち心を湧きあがらせて
くれる伝説のアスリートになることを確信しています。

この金メダルはまだまだ萩野公介伝説の序章にすぎません。

これから先、萩野選手はいくつメダルを手にして、私たちに夢を与えてくれるのでしょう?

想像すればするほどワクワクが止まりませんね!!!

萩野選手が泳ぎ続ける限り、私たちも応援し続けましょう!!!