吉田沙保里~霊長類最強とは~

もはや彼女を知らない日本人はいないでしょう!

女子レスリング フリースタイル53kg級にて数々の伝説を残し、
「霊長類最強の女」と称され、国民栄誉賞を受賞している
もはや生ける伝説吉田沙保里選手を今回特集させていただきます!

33歳となった今回のリオ五輪でも金メダルをほぼ確実視されています(*^▽^*)

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体が弱かった幼少期

1982年10月5日 父・栄勝さんと母・幸代さんの間に産まれた、待望の女の子でした。
母・幸代さんは”南沙織さん”のように可愛くって欲しいと、”沙保里”と名付けました。

今でこそ霊長類最強と称される彼女ですが、子供の頃は身体が弱かったようです。
0歳に時には肺炎を患ったり、4歳では腸重積にかかり命の危険もあったようです。

そんな吉田沙保里選手ですが、3歳の頃から父・栄勝さんが開いていた道場で父や兄たちの
姿を見てレスリングを始めました。
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父・栄勝さんのレスリング指導は厳しいもので、何度も母・幸代さんに”やめたい”と言っていたそうです。
そんな時の母・幸代さんの答えは毎回同じ「お父さんに言いなさい」。父・栄勝さんが怖くて言えず、
「じゃあ、頑張る」と言ってレスリングを続けてきました。

5歳で初めて出場した、少年少女レスリング。結果は男の子に負けてしまいました。それをキッカケに、本気でレスリングに取り組むことになったようです。

厳しい練習で磨かれた人間性

父・栄勝さんの指導は、とにかくスパルタでした。
道場や自宅を改造してまでタックルの練習をとにかくさせられていたという
吉田沙保里選手。最強の武器はこの時から磨かれていたようです。

大晦日とお正月以外は練習。お友達との遊びを早く切り上げて練習に行かなくてはいけない・・・
それが嫌で辞めたいと何度も思ったそうです。

吉田沙保里選手の魅力である体育会系らしいハキハキとした物言いや礼儀正しさは
そ父・栄勝さんの厳しい指導の賜物でした。

父・栄勝さんの道場の教訓は「日常の心」ハイ!という素直な心や、
すみませんという反省の心が教訓とされていました。
その心は今でも大切にして読み上げているそうです。

栄監督との出会い

吉田選手が絶対的に信頼し、肩車でも有名な栄監督。
その出会いは高校2年生の時でした。
父・栄勝さんが栄監督のいる中京女子大学(現在の志學館大学)に出向き、
吉田沙保里選手を栄監督の所へ行かせたいとの意向を伝えに行きました。

当時、吉田沙保里選手の階級には世界大会を連覇している選手がおり、
それに勝つためには私生活から食生活まで大幅に変えなければいけないと栄監督は言います。
父の厳しい指導に耐えてきた吉田沙保里選手でしたが、栄監督の指導は、更に厳しいものだったようです。
ただ、強い信念のもと「オリンピックで金メダル」を2人の共通の目標として頑張ってきました。

しかし、吉田沙保里選手は時には厳しさに耐えかね大学を辞めたいと父・栄勝さんにお願いをします。
その時の父・栄勝さんの答えは
「大学はそういうもの。そこを乗り越えなければ、世界チャンピオンにはなれない」
というものでした。

何度もくじけそうになりながらも、家族や恩師の言葉に励まされ辛い練習を乗り越えてきた吉田選手。
これだけ強いと、いとも簡単に勝っているかのような印象を受けますが、その努力は計り知れず、
大きなプレッシャーとの戦いも制しなければならない。
本当に芯から強いアスリ-トであることをなのだと実感します。

史上最強の武器

①背筋力
吉田沙保里 背筋力 200kg越え

一般女性 背筋力 70~95kg
一般男性 背筋力 130~155kg
亀田興毅 背筋力 208kg
松井秀喜 背筋力 240kg(プロ1年目)
松坂大輔 背筋力 260kg(高校3年)
と一流の男子アスリート並み

②高速タックル

吉田選手の最強の技といわれるのが、予測回避不能な高速タックルです。
吉田選手の放つ高速タックルは、ほぼノーモーションのタックルであり、
タックルをしたと気づいたときにはもはや手遅れであり、
タックルを始めた瞬間から相手の足をつかみふとことに飛び込むまでの時間が
ほかの選手よりも圧倒的に早い。
相手選手はなすすべもなく吉田選手に敗北してしまうのです。

吉田選手のタックルは研究しつくされ、吉田選手専用対策を練られてしまいますが、
それを何度もはねのけて世界大会で優勝をし続けています。

伝説的な強さ

オリンピックに関して前回ロンドン五輪まで3連覇を成し遂げており、
世界選手権14連覇、アジア大会4連覇、全日本選手権12連覇、
個人戦200連勝達成(最後に個人戦で負けたのは2001年、直近の敗北は2012年の団体戦)

強すぎて勝ったことよりも負けたことがニュースになってしまいます。
そのプレッシャーは計り知れないものでしょう。

また、あまりにも強すぎて63Kg級でオリンピック3連覇、世界選手権10連覇を
している伊調馨選手は吉田選手と戦うのを避けて63Kg級に格上げしており、

吉田選手にどうしても勝てなかった小原日登美選手は48Kg級に階級を移して
ロンドン五輪で金メダルを獲得しています。

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最愛の父の死

2014年3月11日 父・栄勝さんが61歳という若さで急逝してしまいました。

吉田は合宿に参加するため、車で名古屋から東京に向かっていた11日朝、
次兄からの電話で父の死を知ったという。
気が動転して泣き続け、すぐに新幹線で帰郷。
家族を通じ、「しばらくの間、そっとしておいて下さい」とコメントした。

変わり果てた父の姿に涙が止まらず、打ちひしがれ、食事ものどを
通らなかったようです。

ですが、その直後に控えていた国別対抗ワールドカップに
吉田選手は強行出場することを決めます。
それも父・栄勝さんの教えで「何をやっているんだ!試合に出ろ!」という
父の声が聞こえてきたようです。

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試合前日、告別式を終え、吉田選手はチームに合流し、
40分だけ練習をしました。

とても試合できるコンディションではありませんでした。

それでも世界の強豪たちに圧勝し、見事父に捧げる金メダルを
獲得しました。
試合後は父の遺影と共胴上げされました。

吉田選手が連勝記録以上に真のプロフェッショナルであることを
証明したエピソードです。

そして、リオへ

今回のリオ五輪に日本選手団の主将として臨む吉田選手。

「絶対に四連覇したい」

と非常に強い決意を見せています。

主将として、そして亡き父へ金メダルを捧げるため。

日本選手団の主将を務めるとオリンピックで
こけるというジンクスがありますが、
吉田選手には全く関係ないでしょう。

今回4連覇を成し遂げれば女性アスリートして
史上初の快挙となります。

吉田選手の活躍から目が離せませんね!

我々も日本から熱いエールを送りましょう!

 

 

 

ゴールドメダル.jp

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