パラリンピック特集~池透暢 「金メダルしかない」

「死生観」という言葉があります。

幼いころに自身の身近な人の死を経験したり、
あるいは、自身が死にかけた時に
「死」はいつでも隣り合わせと感じるようになり、
人によっては、一度死んだことでリミッターが外れ、
人が変わったように頑張れるようになったりします。

今回紹介するリオパラリンピック
男子車いすラグビー代表の池透暢(ゆきのぶ)は
まさに「一度死んだ男」です。

ワールドカップでもオリンピックでも大躍進を
遂げた男子ラグビーですが、実は車いすラグビーも
非常に熱い展開でリオパラリンピックに臨んでいるのです!

昨年10~11月千葉県で行われたアジア・オセアニア選手権において
日本代表は、なんと世界チャンピオンのオーストラリアを二度下し、
大会を制したのです。

その快進撃の中心でプレーしていたのは池選手です。

元々は車いすバスケの選手だった彼は、
競技転向後わずか3年で日本代表の主将を任され、
リオ五輪での大活躍を目指して車いすラグビーに命をかけています。

そんな池選手にはどのようなストーリーがあるのでしょうか?

全てを失った事故

池選手は先天的に障害があって車いす生活となった
わけでありません。

衝撃的なある事件がきっかけでした。

池選手が19歳のころ5人の友人とドライブを
していたときでした。

5人を乗せた車は街路樹に激突、炎上。

池選手は炎に包まれ、全身の70%以上にわたる大火傷、
背中や頭部の皮膚を移植するなど、手術は2年半で約40回。
左足は切断し、左腕の自由も利かなくなりました。

そのとき同乗していた3人の友人が還らぬ人に。

苦悩の中で「亡くなった友人たちのために何かを残したい」と
入院中に勧められた車いす競技に取り組むことを
決めました。

左手に障害が残ったことも影響し、正規の高さ(3・05メートル)と、
それより低いゴールの二つがある重度の障害者向けの「ツインバスケットボール」から始め、
徐々に実力を認められて地方選抜、さらに日本代表候補にも選ばれ、
パラリンピックへの出場意欲も高まりました 。

しかし、2012年のロンドン五輪では、代表選考から落選してしまいました。
なり切れない思いの中、世界を相手にメダル争いを繰り広げる
車いすラグビー日本代表チームを目にします。

応援してくれる人たちに申し訳ないという気持ちを抱えながらも
パラリンピックに出場して世界と戦うために、車いすラグビーへと
競技転向をしました。

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競技にすべてをささげる

車いすバスケを捨てて車いすラグビーに転向したからには
生半可な気持ちではプレーできないと池選手は語っています。

車いすラグビーは前方へのパスがルールで認められています。
池選手の得意なプレーは車いすバスケで培ったたロングパスだ。
ゴール近くまでに放ったボールは、味方に正確にわたり、ゴールに繋がりますが。
日本の必勝パターンではあるが、池選手はもっと上を目指しています。
「じゃんけんでグーを出し続けて勝っているようなもの」と語っており、
強くなるには、攻撃の幅を広げる必要があるとも感じています。

 「例えば、僕が走れる選手になれればいいんですよ」
車いすに砂袋をつけたり、坂のぼりをするなどの負荷をかけて車いすを走らせます。
競技経験が浅いということは、30代半ばでも成長の余地があることの裏返しでもあります。
「自分の成長がメダルにつながると考えているし、周りにもそう言われる。
こんな幸せなことはない」と、池選手は力強く語っています。

そして競技へ集中するために生活環境も変えました。
それまでは父親の会社でデザイナーとして働いていましたが、
投資信託会社の日興アセットメントの正社員として
週二回在宅勤務をするようになりました。
残りの時間をトレーニングや高知県を中心に企業の社会貢献活動の一環として
車いすラグビーの普及活動に充てるようになりました。

ラグビーの普及活動では
小学校等を回って、車いすラグビーがどんなスポーツなのか、
どんな面白いスポーツなのか、そして、障害とは何なのか
を教えて回っています。

普段なじみのないスポーツなので小学生からは、
質問攻めにされます。

時には、どうして車いす生活になったのか?と
直接的な質問を受けることがあるそうです。

そんな時、池さんは
「自分にしか伝えられないことをストレートな言葉で正直に話すこと」
を大切にし、自身の体験を包み隠さず話しています。

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金メダル獲得を目指すリオデジャネイロパラリンピック

前回大会で4位だった日本にとって
メダル獲得は悲願ですが、池選手はただメダル獲得するだけでは
満足できません。

家に帰れば、二児の父親でもある池選手。
子供たちからは大会ごとに「きんきらのトロフィーをもってきてね」
と、せがまれます。

それに加え、今は亡き友人たちへの想いもあります。

周囲を笑顔にするため、そして自身が栄光を
つかむために池選手は覚悟を決めてリオパラリンピックに
臨みます!!

逆境を乗り越え、挑戦し続ける池選手は本当にかっこいいですね!

そん池選手の大活躍を大いに期待しましょう!!

 

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